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2007年09月20日

ニカイア帝国

1204年、東ローマ皇帝アレクシオス3世アンゲロス(在位:1195年 - 1203年)の娘婿であったテオドロス・ラスカリスが、兄のコンスタンティノス・ラスカリスをローマ皇帝に擁立するも、コンスタンティノポリス陥落によってわずか1日で兄とともに脱出する。
1205年、兄から勢力を譲られたテオドロス・ラスカリスが、小アジアのニカイア(現在のトルコ共和国イズニク)でローマ皇帝(テオドロス1世ラスカリス)を称した。
当初は十字軍が建てたラテン帝国やルーム・セルジューク朝などの間で苦戦したが、次第に勢力を拡大して、小アジアの西半分を制圧。
テオドロス1世ラスカリスの娘婿で第2代皇帝となったヨハネス3世ドゥーカス・ヴァタツェス(在位:1222年-1254年)は、堅実な内政で国力を充実させてバルカン半島へ領土を拡大させた。
第3代皇帝テオドロス2世ラスカリス(在位:1254年-1258年)が若くして没した後、幼い第4代皇帝ヨハネス4世ラスカリスの摂政、次いで共同皇帝となった大貴族ミカエル・パレオロゴスに帝国を事実上乗っ取らる。
1260年、ミカエル・パレオロゴスの下、ペラゴニアの戦いでエピロス専制侯国・ブルガリア帝国・アカイア公国などからなる反ニカイア連合軍を破る。
1261年、守備が手薄になっていたコンスタンティノポリスを奪回、ミカエル・パレオロゴスがローマ皇帝ミカエル8世パレオロゴスとして戴冠され、東ローマ帝国が復活した。なおその際、本来正統な皇帝だったはずのヨハネス4世ラスカリスは廃位され、幽閉されてしまった。


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